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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)663号 判決 1985年12月24日

控訴人

三泉土地建物株式会社

右代表者

新宅盛武

右訴訟代理人

光辻敦馬

被控訴人

信用組合三重商銀

右代表者代表理事

李鉀植

右訴訟代理人

岡力

右訴訟復代理人

今井正彦

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金一二二六万円及びこれに対する昭和五五年三月二四日から昭和五六年四月一一日まで年七分一厘の、昭和五六年四月一二日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。

この判決は控訴人勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

一、控訴の趣旨

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対して金六四三五万八八二〇円及びこれに対する昭和五六年四月一二日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

仮執行宣言

二、控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

三、請求原因

1  訴外上野開発株式会社(以下訴外会社という)は被控訴人に対し、別紙(一)定期預金一覧表記載のとおり定期預金(以下本件定期預金という)をしていた。

2  控訴人は訴外会社に対し、別紙(二)債権目録記載の債権を有しているところ、津地方裁判所上野支部に右の債権を被保全債権として昭和五五年一二月一日に本件定期預金債権について債権仮差押申請をなし、同日その旨の決定を得、右仮差押決定はそのころ第三債務者である被控訴人及び債務者である訴外会社に送達された。そして更に控訴人は同支部に債権差押転付命令の申請(同庁昭和五六年(ル)第一三号、同年(ヲ)第八号)をなし、昭和五六年三月二日、同庁から本件定期預金債権を差押え、訴外会社の控訴人に対する右債務の弁済に代え、券面額で、本件定期預金債権を控訴人に転付する旨の決定を得、右決定は、同月三日被控訴人に送達され、その頃確定した。

3  そこで控訴人は昭和五六年四月一一日に被控訴人に送達された訴状をもつて本件定期預金契約を解除したところ、右時点における本件定期預金の元利合計は別紙(三)元利計算書のとおり金六四三五万八八二〇円である。

よつて控訴人は被控訴人に対し、金六四三五万八八二〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五六年四月一二日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、昭和五六年四月一一日に本件訴状が被控訴人に送達されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

五、抗弁

1  本件定期預金の出捐者は訴外会社の代表取締役である李健三郎(以上単に李という)個人である。

しかるところ本件定期預金の預入を受けた時、被控訴人と李は対税上の理由(個人名義の定期預金よりも法人名義の定期預金の利子に対する税金が少ない)から、訴外会社の預金とする意思がないのに、その意思があるかのように仮装したのである。したがつて右預金は訴外会社の預金としては無効である。

2  仮に本件定期預金の預金者が訴外会社であるとしても、被控訴人は李との間で現在及び将来反復して行われるべき貸付手形割引取引において発生する一切の債権並びに保証債権を担保するため、本件の定期預金について別紙(六)記載のとおり質権を設定し、本件定期預金の預金証書はすべて被控訴人が所持していたものである。

また指名債権に対する質権設定について要求される民法四六七条の確定日付あるいは証書による通知又は承諾は、第三債務者に対して要求されるものであり、本件では質権者と第三債務者がいずれも被控訴人であるから、右の通知、承諾はあらためて必要とされるものではない。また右確定日付ある証書がなくても、控訴人の仮差押命令が被控訴人に送達される前に本件質権設定契約が成立しているから、被控訴人は、李に対する債権をもつてする本件定期預金との後記相殺をもつて控訴人に対抗することができるのである。

すなわち被控訴人は昭和五五年一一月二九日、本件定期預金の期限の利益を放棄し、昭和五六年二月四日、李に対する前記契約にもとづき発生した別紙(四)記載の債権をもつて別紙(五)記載の本件定期預金債権等の昭和五五年一一月二九日までの元利合計とを対当額で相殺する旨の意思表示をなし、右意思表示はそのころ李に到達した。

3  被控訴人は、定款の定めで法人に対する貸付ができないことにより、訴外会社の代表取締役李個人に貸付をしたものであるところ、実質的に右は訴外会社に対する貸付であるというべきである。すなわち訴外会社の帳簿上は、被控訴人の李に対する貸付金はすべて訴外会社の被控訴人に対する債権として処理されていたのである。

被控訴人は李に対して貸付をしてきたのであるが、民法に定める相殺の要件としての「同一当事者間の債権債務」関係という点は、前記の実質関係からみて、訴外会社に対する貸付というべきであるから、仮に本件定期預金が訴外会社に帰属しているとしても、右の同一当事者間の債権債務関係にあるということができる。

したがつて被控訴人は前記別紙(四)記載の債権をもつて本件定期預金債権と有効に相殺をなし得るものである(この相殺の意思表示は前記2で主張したとおりである。)。

六、抗弁に対する答弁

1  抗弁1は否認する。

2  同2の事実は否認する。

また右の質権設定契約を第三者である控訴人に対抗するには、民法三六四条一項、四六七条により確定日付ある書面による通知又は承諾を要するものであるところ、右の通知又は承諾がなされていない。

3  同3の主張は時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下さるべきである。

仮に右が理由がないとしても、右主張事実は否認する。

七、再抗弁

1  控訴人は請求の原因2記載の仮差押をした際、本件定期預金について抗弁1記載の合意があることを知らなかつた。

2  訴外会社が李の被控訴人に対する債務の担保として、被控訴人のために質権設定契約を締結したとしても、その際、訴外会社の取締役会の承認決議がなく、この事実を被控訴人は知つていた。

八、再抗弁に対する答弁

1  再抗弁1の事実は否認する。

本件においては前記のように、本件定期預金は被控訴人の李に対する別紙(四)記載の債権の担保となつていたため、右預金証書は被控訴人が占有していたものであるから、控訴人の保護すべき表示に対する信頼は存しない。

また控訴人は、前記仮差押の際、被控訴人と訴外会社間の信用組合取引は李の名義でなされており、李の被控訴人に対する債務は実質的に訴外会社の債務であることを知つていたから、控訴人は悪意の第三者である。

2  再抗弁2の事実は否認する。

右の質権設定契約について訴外会社の取締役会の承認決議がなかつたとしても、商法二六五条の規定は株式会社と取引をなす取締役に対する命令的規定であり、取締役の代表権を制限する規定ではないから、右の質権設定行為の効力には影響はない。

九、再々抗弁

被控訴人と李との間において、李の預金債権は、被控訴人に対する債務と弁済期の如何にかかわらず、何時でも相殺することができる旨の約定であるところ、被控訴人は、本件仮差押命令が被控訴人に送達される前である昭和五五年一一月二九日に本件定期預金の期限の利益を放棄し、別紙(四)の李に対する債権と別紙(五)の右同日における本件定期預金等の元利合計金とを対当額で相殺し、この意思表示は昭和五六年二月四日ころ李に到達した。

したがつて仮に控訴人が再抗弁記載のように、善意であつたとしても、本件仮差押が効力を生ずる前に、すでに右相殺によつて本件定期預金は消滅していたものである。

一〇、再々抗弁に対する答弁

再々抗弁事実は否認する。

一一、証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の訴外会社が被控訴人に対して本件定期預金を有していたこと及び請求原因2の事実は当事者間に争いがない(なお、<証拠>によると、右債権仮差押決定は、昭和五九年一二月二日に被控訴人に、また同月二四日に訴外会社にそれぞれ送達されたことが認められる。)。

二そこで被控訴人の抗弁について判断する。

1  まず抗弁1について検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

訴外会社は三重県上野市小田町一三九六番地の一に本店を置く不動産の売買等を業とする株式会社であるが、坂口岩吉が代表取締役をしていた昭和四八年当時から、被控訴人に一方的に預金するという関係になつた。そして別紙(一)の(4)の定期預金(以下本件(4)の定期預金という)は、そのころ訴外会社が被控訴人に積立てた定期積金が後日定期預金として預け入れられたものであつた。その後昭和四九年一〇月一六日坂口岩吉が退任し、同日李が代表取締役に就任したころから、訴外会社の経営資金を他から借入れる必要に迫られるようになり、被控訴人にも融資方の申込をするようになつた。ところが当時被控訴人は定款の定により、その貸付の対象者をコリア半島に国籍を有する個人で被控訴人に対して出資をした組合員に限定し、法人に融資することはできなかつたので、被控訴人は李を被控訴人の組合員とし、同人に対して貸付をすることになつた。そして李の被控訴人に対する債務については、被控訴人の理事で訴外会社の取締役をしていた林真秀らが連帯保証人となり、更に李やその妻の所有する土地建物や訴外会社所有の不動産に抵当権が設定される等、被控訴人の李に対する債権確保の手段がとられたうえ、李に対し、昭和四九年九月ころから手形貸付等の方法で継続的に多額の貸付がなされるようになり、昭和五五年一一月二九日当時の貸付金は、別紙(四)貸付債権一覧表記載のとおりになつた。なお、被控訴人は、昭和五二年五月に定款が改正され、組合員たる法人に対しても貸付ができるようになつたが、その後も李に対して貸付がなされ、訴外会社に対して貸付がなされたことはなかつた。ところで李は、被控訴人から借受けた金員の一部を、同人の名義で被控訴人に対する預金とし、残金をすべて訴外会社の経営資金に充ててきたが、法人名簿の預金利子に対する課税率が個人名義の預金利子に対する課税率よりも低率であつたこと、訴外会社の役員から、株主らに対する手前上、訴外会社の経営資金は訴外会社の名義で預金すべきであるとの意向が示されたので、李の個人名義でしてあつた定期預金を訴外会社名義の定期預金として預け替えるようになつた。

そして別紙(一)(1)ないし(3)、(5)の各定期預金(以下本件(1)(2)(3)(5)の定期預金という)は、このようにして成立したのであり、その経緯は以下のとおりである。

(一)  本件(1)の定期預金は、李が昭和四九年一〇月二一日、金二六二六万三四六一円を期間一年の定期預金として預入れ、昭和五〇年一〇月三〇日継続され、昭和五一年一〇月三〇日再びこれを継続するにつき、期間一年同額の定期預金の名義人が李名義から訴外会社名義に変更され、昭和五二年一一月二日これが払出されたうえ別段預金として受入れられ、同月三〇日期間一年同額の定期預金となり、昭和五三年一二月四日、同五四年一二月八日の二回にわたり継続して定期預金として預入れられて来たものである。

(二)  本件(2)の定期預金は、李が昭和四九年一二月四日、一年満期毎月払込金五〇万円の定期積金契約を締結し、昭和五〇年一二月二六日、この満期積立金六〇〇万円及び給付補てん備金一五万九〇〇〇円につき期間一年の定期預金として預入れ、昭和五一年一二月二八日継続に際し訴外会社に名義が変更され、それが昭和五二年一二月二八日、同五三年一二月二八日、同五四年一二月二八日の三回にわたり継続して定期預金として預入れられて来たものである。

(三)  本件(3)の定期預金は、李が昭和五〇年一二月八日被控訴人を代理として全国信用組合連合会から金一八〇〇万円の貸付けを受け、内金一三〇〇万円は李の被控訴人に対する旧債の返済に充当され、残金五〇〇万円が訴外会社名義で期間一年の定期預金として預け入れられ、昭和五一年一二月二八日、同五三年一二月二八日、同五三年一二月二八日、同五四年一二月二八日の四回にわたり継続して定期預金として預入れられて来たものである。

(四)  本件(5)の定期預金は、李が昭和五四年二月一九日金一〇〇〇万円の貸付を受け、右貸付金は同人の当座預金を通じて同日同人名義の通知預金とされた後、昭和五五年五月一日、訴外会社名義の期間一年同額の定期預金に振替えられたものである。

(五)  しかし本件(4)の定期預金は、右四口の定期預金等とは異り、李が訴外会社の代表取締役に就任する約一年前の昭和四八年一一月二日、当時の訴外会社代表者の坂口岩吉が、訴外会社名義で満期日昭和四九年一一月二日、毎月払込金を一〇〇万円とする定期積金契約を締結し、昭和五〇年二月一五日、右の定期積金一二〇〇万円、給付補てん備金二六万円につき訴外会社(当時の代表者は李)名義の期間一年の定期預金として預入れられ、昭和五一年二月一九日、同五二年二月二五日、同五三年三月一日、同五四年三月九日、同五五年三月二四日と、それぞれ継続されて来たものである。

なお、被控訴人は、右の定期預金証書を李や訴外会社に交付せず、自らが保管していた。

以上の事実が認められ<る。><証拠判断略>。

右の認定事実によれば、本件(4)の定期預金の預金者は訴外会社であると認めるのが相当であるが、本件(1)ないし(3)、(5)の各定期預金の出捐者は、いずれも李であつて、当初は同人の名義で預金されていたが、後になつて税務対策と訴外会社の内部事情によつて訴外会社名義に預金されるようになつたものであることが明らかであるから、その預金者は李であると認めるのが相当である。

したがつて本件(1)ないし(3)、(5)の定期預金契約をした際、被控訴人と李は、いずれも訴外会社の定期預金とする意思がないのに、その意思があるように装つてなしたものであると認むべきである。

2  次に抗弁2について検討する。

抗弁2のうち、本件(1)ないし(3)、(5)の定期預金に関する部分は、右の各定期預金の預金者が訴外会社であることを前提とするものであるところ、前認定のとおり右の各定期預金の預金者は李であるから、この点については判断することを要しないものというべきである。

そこで本件(4)の定期預金について被控訴人の主張する質権設定契約が成立しているか否かについて判断する。

被控訴人は、右の質権設定契約は昭和五〇年二月一五日に成立したと主張するのであるが、右の被控訴人の主張に符合する乙第八号証、原審並びに当審証人李敏夫、原審証人申載三、当審証人李健三郎(第一回)の各証言は、後記認定判断に照らして措信しがたく、ほかに右を認めるに足る証拠はない。

まず右乙第八号証は、その体裁及び形式から判断すると、被控訴人が一方的に作成した文書であることが明らかであるから、右質権設定契約の成立の証拠とはなしがたいものである。すなわち右乙第八号証は担保品明細票と題する書面であるが、昭和五〇年二月一五日に発行され、担保品明細として訴外会社の本件(4)の定期預金、債務者李健三郎の記載があるのみで、担保の種類、内容、被担保債権等を特定できる記載が全くないからである。

また質権設定契約は要式行為ではないが、本件の被控訴人のような金融機関が、株式会社の代表取締役に対する債権の担保として株式会社の定期預金債権に質権を設定する場合には、書面が作成されるのが原則であると考えられる。

この点について原審証人李敏夫は、被控訴人組合津支店には訴外会社からとつた担保差入証が保管してあつたと述べながら、右差入証は二回程監督官庁の監査があつてその後見当らなくなつてしまつたと証言するなど納得できない点があつて、質権設定に関する同証人の証言部分は措信できない。次に原審証人申載三は「乙第八号証とは別に担保差入証がある。」旨証言しているが、右の担保差入証は提出されていないので、この証言部分も措信しがたい。また前記李敏夫の証言によれば、被控訴人は、昭和五五年一〇月ころ訴外会社代表者李に対して本件定期預金につき質権を設定するよう申入れたが、同人はこれを拒絶したことが認められるところ、当審証人李(第一回)の証言中の質権設定に関する部分はその具体的内容はあいまいであり、かつ、そごする点が多く、にわかに措信しがたいものである。

更に後記認定のとおり、本件において被控訴人は、李に対する貸付金債権を回収するについてとつた手段は相殺であつて質権実行という方法ではなかつたのである。

以上の認定判断によれば、本件預金証書は被控訴人が保管し、李や訴外会社に交付されなかつたことは前記認定のとおりであるが、この点を考慮に入れても、右質権設定契約が成立していないことを推認せしめるに十分である。

なお本件(1)ないし(3)、(5)の定期預金について質権設定契約が成立したことを認めるに足る証拠はない。

したがつてその余の点について判断するまでもなく、右の点に関する被控訴人の主張は理由がなく採用のかぎりではない。

3  次に抗弁3について検討する。

控訴人は、右抗弁3は時機に後れてなされたものであるから却下さるべきであると主張するが、右の被控訴人の抗弁を判断するためにあらためて証拠調をする必要性はなかつたことが本件記録に照らして明白であるから、右の控訴人の主張は採用しがたい。

しかして前記1における認定事実によれば、別紙(四)の被控訴人の貸付金の債務者は李であつて訴外会社ではないことが明らかであるから、右抗弁3はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三そこで控訴人の再抗弁について判断する。

前記認定事実によれば、控訴人は、第三債務者である被控訴人に昭和五五年一二月二日に送達された債権仮差押命令正本により、訴外会社名義の本件(1)ないし(5)の定期預金債権について仮差押の執行をしたが、右定期預金のうち本件(4)の定期預金をのぞくその余の定期預金の預金者は訴外会社ではなく李であつたことが明らかである。

しかして右の本件(1)ないし(3)、(5)の定期預金を訴外会社の名義としたのは通謀虚偽表示にもとづくものであることも前記のとおりであるが、成立について争いのない甲第五号証、第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は右定期預金債権が訴外会社に属する債権であるとして、訴外会社に対する債権を保全するために仮差押手続をしたものであることが認められるところ、右によれば、ほかに特段の事情の認められない本件においては、控訴人は右の虚偽表示について善意の第三者であると認めるのが相当である。

四ところで被控訴人は、本件定期預金は右の仮差押決定が効力を生ずる前である昭和五五年一一月二九日に別紙(五)(6)の定期積金とともに被控訴人の李に対する別紙(四)の貸付金債権と対当額により相殺し、すでに消滅していたものであると主張するので、以下この点について判断する。

まず被控訴人の相殺の抗弁のうち、本件(4)の定期預金に関する部分についての主張は、前記二における認定判断に照らして失当であることは明らかである。けだし右預金は、李の預金ではなく訴外会社の預金であるからである。

次に被控訴人の李に対する貸付金債権は別紙(四)のとおりであり、また李の預金債権は本件(1)ないし(3)、(5)であることは前記のとおりである。そして<証拠>によれば、李は被控訴人に対して別紙(五)(6)の定期積金債権を有していたことが認められる。

そして<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人と李は、昭和四九年九月二五日、取引基本約定書による信用組合取引契約を締結し、その中で「李の被控訴人に対する預金その他の債権は、被控訴人の都合により、李の債務と各弁済期の如何に拘らず何時でも、通知又は手形の呈示若しくは返還を要せず、任意に相殺されても異議がない。」旨が合意された。そして右の合意にもとづき、被控訴人は、李に対する昭和五六年二月四日付の書留内容証明郵便により、昭和五五年一一月二九日付で被控訴人の李に対する別紙(四)の貸付金債権と、本件定期預金債権及び別紙(五)(6)の定期積金債権等と対当額で相殺する旨の意思表示をなし、この意思表示はそのころ李に到達した。

以上の事実が認められ、ほかに右認定に反する証拠はない。

しかして右の相殺の意思表示のうち、本件(4)の定期預金に関する部分は前記のとおり無効であるので、その余の相殺の効力について判断する。

ところで被控訴人が前記相殺の意思表示をした際、相殺に供される自働債権と相殺の目的となる受働債権がともに数個存在するにもかかわらず、右の各債権の個別的な指定がなされておらず、また相手方である李もそのような指定をしていないことは弁論の全趣旨によつて明白である。このように自働債権と受働債権がともに数個の元本債権があり、相殺の意思表示をした者もその相手方も、右の数個の元本債権につき、相殺の順序を指定しなかつた場合における元本債権相互間の相殺の順序については民法五一二条、四八九条の規定に従い、元本債権が相殺に供し得る状態となるに至つた時期に従うべく、その時間を同じくする複数の元本債権相互間及び元本債権と利息費用債権との間で充当の問題を生じたときは、四八九条、四九一条の規定を準用して行うのが相当である。

なお被控訴人は、本件定期預金の利子に対して課税される税額相当分を控除して右の利子を算出している。右は、所得税法一八一条一項により、金融機関が支払うべき利子に対する所得税は金融機関において源泉徴収すべき旨が定められていることにもとづくものと解される。

しかしながら本件のような相殺充当の計算においては、民法に従つて計算すべきものと解すべきであるから、右の所得税は控除しないで以下の計算をすることとする。

まず自働債権についてみると、被控訴人の李に対する債権は別紙(四)記載のとおりであるところ、その弁済期は、番号(1)ないし(9)が昭和五五年九月三〇日であり、番号(10)が同年一〇月三一日、番号(11)が同年一一月三〇日、番号(12)が同年一〇月三〇日であつて、損害金はすべて年一三パーセントであるから、まず番号(1)ないし(9)、(12)、(10)、(11)の順に相殺を行うこととなる。次に受働債権について検討するに、李の別紙(五)の(1)ないし(3)、(5)、(6)の定期預金等は、(6)がすでに弁済期が到来していたほかは、被控訴人が前記約定により期限の利益を放棄した結果、すべて昭和五五年一一月二九日に弁済期が到来したものであるが、預金利息の高低があるけれども、預入期間の長い順で(6)、(1)、(2)及び(3)、(5)の順に相殺を行うべきである。

まず最初に相殺適状になるのは、自働債権(1)ないし(9)と受働債権(6)であるから、両者の間で相殺すると遅延損害金、利息、元本の順に充当される結果、まず自働債権(1)ないし(9)の損害金合計金七六万五五七二円(一円未満切捨以下同じ)が消滅し、右自働債権の残元本は金三四六五万五五七〇円となつて、受働債権(6)は消滅する。次いで受働債権(1)の元利合計金二七八三万〇四一八円が右の自働債権に充当され、右受働債権は消滅し、右自働債権の残元本は金六八二万五一五二円となる。次に受働債権(2)、(3)の利息金の合計金六二万八四八〇円が右の自働債権の元本に充当され、残額は金六一九万六六七二円となる。次に右残元本に受働債権(2)、(3)の元本合計金一一一五万九〇〇〇円が充当され、自働債権(1)ないし(9)の元利合計は消滅し、右受働債権の残元本は金四九六万二三二八円となる。次に右の残元本が自働債権(12)の損害金八万〇一三六円に充当され、残額金四八八万二一九二円が右自働債権の元本金七五〇万円に充当され、受働債権(2)、(3)は元利金ともに消滅する。そして右自働債権の残元本は金二六一万七八〇八円となり、これに受働債権(5)の利息金四五万五九四五円が充当され、右自働債権の残元本は金二一六万一八六三円となり、これに対して受働債権(5)の元本金一〇〇〇万円が充当されて自働債権(12)は元利金ともに消滅する。そして右受働債権(5)の残元本金七八三万八一三七円が自働債権(10)の損害金一九万六二四七円に充当され、さらにその残額が右自働債権の元本金一九〇〇万円に充当されて受働債権(5)は元利金ともに消滅し、また自働債権(10)は元本金一一三五万八一一〇円を残してその余は消滅することになるわけである。

以上の認定判断によれば、本件(1)ないし(3)、(5)の定期預金債権は、控訴人のなした前記仮差押が効力を生ずる前に、被控訴人の相殺によつてすべて消滅したものと認められる。

五以上の次第で、控訴人の本訴請求は、本件(4)の預金債権金一二二六万円とこれに対する昭和五五年三月二四日から訴状送達の日であること記録上明白な昭和五六年四月一一日までは年七分一厘の割合による約定利息金(なお訴状の送達により本件(4)の定期預金が解約されたものと認める)と、右同月一二日から支払済まで商事法定利率による年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから正当として認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと一部結論を異にする原判決を変更し、民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可知鴻平 裁判官高橋爽一郎 裁判官鷺岡康雄)

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